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#269 [ディベート+東京研修'12]3◆ディベート本番、そして懇親会

 ディベート当日。私の班は午後の部だったので午前中も準備に明け暮れる。とにかく想定問答を頭にたたき込み、班全体で意見の相違がないようにしなければならない。うちのゼミは3班あって、内2班は午前中の部で頑張っている。観戦に行きたかったのは山々だったが、こういうわけで願いは叶わなかった。昼食でも食べに行こうかなとおもっていたら、その午前の部の2班が戻ってきた。どちらも勝利したらしい。「お前らもいけるぜ!」と励ましを受けるが、これは完全なるプレッシャーである。準備というのはやってもやっても不完全な気がする。完璧な準備などないとわかっているのだけれど、それでも不安は拭えない。あ〜急に中止とかにならないだろうか。
 昼食で正直あまり美味しくはない中華麺を食べ、再び部屋に戻って最後の準備。もうどうにでもなれ、と思って試合会場へと向かう。

 相手は早稲田の川岸ゼミ3年グループである。テーマは「差別的言論の規制の可否」である。具体的な問題が設定されており、その内容について合憲/違憲に分かれて争うのだ。問題文は長いので省略する。我々は違憲側で、事案にあるような差別的言論規制は許されないという立場で戦わなければならない。簡単に試合の流れを書くと、

 前日に交換した立論シートに基づいた立論(10分)→(作戦タイム10分)→1対1での質問を各チームごとに(各5分を人数分)→(作戦タイム10分)→最終弁論(7分)→判定(2人の審判が1票ずつもっている)

という感じである。特に質問時間は、攻撃側1人が防御側の1人を指名して5分間行うものである。どちらのチームもそれ以外のメンバーは口出しできない。チームとして統一的な見解が保てているかが最大のポイントといってもよいだろう。(想定問答にえらく時間をかけたのはそのせい。)カンペも禁止。頭に叩き込んだ予習内容と、ディベート本番での展開のメモだけで臨まなければならない。結構キツいルールである。ギャラリーには午前の部で試合を終え、心なしかスッキリした表情の他のゼミ生、そして先生もいる。あー緊張、緊張。ヘタなことできないぞ。。。
 まずは相手(合憲側)の立論からだ。概ね前日の立論シート通りであったが、問題となっている法案の目的認定の部分に違和感があったので、それをメモメモ。後は準備してきた通りに論点を拾い上げていく。次にうちのチームの立論。昨日から何度も何度も暗唱して必死に覚えていたカジュアル。緊張で声が少し震えていたが、内容は立論シートと矛盾のないパーフェクトなもの!問題ないだろう。そして作戦タイム。我々が先に攻撃権をもつので、各自が相手の立論に対して抱いた疑問点を整理して、各人に振り分ける。10分は長いようで短い…。あっという間に過ぎてしまった。
 そして実際に質問タイムへ。まあ想像はしていたが、やはり振り分けた通りにはうまくいかない。こちらの尋ね方の問題もあるだろうし、相手の返答の長短や内容が想定と異なるから、質問の順番を臨機応変に変えていかなくてはならない。けれど、みんなうまくやってくれた。うららが1度質問したことへの返答が曖昧だったために、私がそれをさらに追及することができたし、効果的だった。
 で、ここからが大変、問題の防御側にいる時間である。逆質問は禁止され、一方的に回答を打ち切る権限も攻撃側がもっているので、いかに冷静に慌てることなく備通りにできるかどうかがポイントだ。(もちろん臨機応変さも攻撃時以上に要求される。)相手方が差別的表現の歴史に着目した論を組み立てており、それに沿った質問が多かったように思える。正直、我々はあまり想定していなかった組み立て方であり、歴史的経緯を重く評価する彼らの論に始めはどう打ち返していいか見えていなかった部分があった。しかし、歴史的経緯が片面的であることや、それが法的にどう論証されるのかが不明であったこと、審査基準の使い方がおかしいことなどを指摘して、しのいだ。
 そして最終弁論へ。新たな論点を出すことは禁じられているので、防御時に回答が不十分に終わったところを補強し、相手の論の弱点をもう少し俯瞰して繰り返した。担当は私。直前の作戦タイム10分ではとても原稿は書けないので、トピックだけメモしてそれに沿って弁論を行った。うーん少し微妙かなと思っていたら、やはり7分の持ち時間のうち5分弱ぐらいで話すことがなくなった。もう少し色々話せたなと思いつつ、無駄に話してもボロが出るだけなので、ここで打ち切った。(制限時間内であれば打ち切りは自由。)相手方の最終弁論も終え、判定の時間へ。あー、この異様な雰囲気、緊張する。
 判定結果発表。審判が一人ずつ、各チームに与えたポイントを発表し勝敗を述べる。結果は……2対0でうちのゼミの勝利!!!ふぅ〜一安心。…ということは、うちのゼミ全勝じゃないか!!少しばかりの高揚感を抑えつつ、審判団とギャラリーにいた先生の講評を聞く。差別的表現は今後日本でも必ず問題になってくるテーマ。今後の学習でも詳細な考察は不可欠であろう。


 ディベート本番が終わったそんな夜は、全てのゼミが一堂に会しての大宴会である。セッティングを終え、とりあえずゼミごとに固まって座り(ここでも早稲田中島ゼミの規模の大きさに驚く)、まずは全体講評を伺う。うちの班が当たった「差別的言論」に関する問題の作成者である慶應・山元先生からの講評。審査基準論で争うところが多かったが、もっと表現の自由の理論的な問題まで踏み込んでほしかったとのこと。我々のディべートでは不十分ながらその点について触れることができたのではないだろうか。講評中、山元先生の右腕が突如ぷるぷる震えだしたので、何事か、もしかして山元先生キンチョーしていらっしゃるのか?!と思ったら、右手にもっていたiPadが重かっただけだそうだ。そして午前の部で扱われた問題の講評へ。こちらは天皇コラージュ事件を題材とした問題であった。作成者は早稲田・中島先生と奥平康弘先生の合作。奥平先生といえば、「表現の自由のチャンピオン」(by中島先生)であり、憲法学界をリードされてきた学者の一人。目の前にいらっしゃるだけで畏れ多い。行政処分の裁量の問題で片付けようとするところが多かったが、「天皇」という内容による規制であるという観点からもっと論じてほしかったというのが講評であった。それから、奥平先生による天皇研究に関するお話しもあった。もし体力が余っていれば、ココを研究したいということもおっしゃっていて、まだまだ研究意欲に燃えていらっしゃる。御年83歳、研究者魂に感嘆した。
 講評後に一斉に乾杯で宴会スタート!もうそりゃ大宴会ですから、もう各々自由にされてましたよ、ええ。スルメヂャコフ先輩が上裸で酒を取り宴会場を縦断すると、場全体がシーンとしてしまったり、他方で一橋・阪口ゼミの先輩がつられて脱ぎ出したり。私はというと、中島ゼミのゼミ生の方と話していた。福岡出身の人がいて話題には事欠かなかったのだが、もう1人の東京生まれ東京育ち、生粋の都会人の先輩は若干付いて来れなかったよう。ごめんなさい。もちろんせっかくの機会なので色々な先生ともお話しさせてもらった。中島先生は背が高くてカッコイイボーダーのポロシャツを来ていらっしゃった。話しかけるなり「僕は脱がないよ〜」とのこと。うちのゼミがすんません。。。そして山元先生もテーブルに混ざってくれた。慶應のHPに載っている写真からニヒルな方だと思っていたら、とっても気さくな先生だった。宴会最後の方は一橋の只野先生(一橋の「良心」という評を少なからず耳にした)ともお話しできた。終始ニコニコされていて宴会をお楽しみいただけたようだ。
 宴会は12時前後に終了。片付けをして飲み足りない人は各部屋で2次会を、ということになる。私たちは阪口ゼミのお部屋にお邪魔して、1時間半ぐらい飲んだだろうか。ここでもありがたいお話しをいっぱい聞けたのだが、うちの先生と阪口先生のたまに出てくるコアな会話がちょっと衝撃的すぎて…、もちろんここでは書けない。書けないに決まってる!時刻は3時半。そろそろ寝ましょうかねということで部屋に戻る。お片付けを手伝わなくて本当に申し訳ありません…。いつも論文でしか知らない先生に実際にお会いできて大変光栄であった。自分のイメージと随分違う方もいて、これから論文を読むときの感じが若干変わってしまいそうである。


[2012/10/7(Sun)]
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